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岐阜地方裁判所 昭和49年(わ)377号 判決

本籍

朝鮮全羅南道霊巖郡鶴山面特川里三九四番地

住居

岐阜県羽島市竹鼻町二六八番地

遊技場経営

水田健一こと

金福文

一九二九年一〇月一五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官宇野博出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金一〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、岐阜県羽島市竹鼻町二六八番地などにおいてパチンコ店を経営しているものであるが、所得税を免れようと企て売上を除外する等の不正行為により所得の一部を秘匿したうえ、

第一  昭和四六年分の所得金額が六二一四万二五九六円であり、これに対する所得税額が三四六三万五〇〇〇円であるのに、昭和四七年三月一五日当時の外国人登録法による被告人住居地所轄の宇治市大久保町北ノ山一六番地の一、宇治税務署において、同署長に対し、所得金額が三二九万一二八〇円であり、これに対する所得税額が三五万九〇〇〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、よって昭和四六年分の所得税三四二七万六〇〇〇円を免れ

第二  昭和四七年分の所得金額が五四四六万五三八二円であり、これに対する所得税額が二九三六万七〇〇円であるのに、昭和四七年三月一五日前同様、被告人住居地所轄の前記税務署において、同署長に対し、所得金額が四五三万二一六八円であり、これに対する所得税額が五三万一三〇〇円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出し、よって昭和四七年分の所得税二八八二万九四〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書

一  被告人の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  証人平塚重金、同十亀同、同金相烈、同林昭文、同岩平清の当公判廷における各供述

一  平塚重金の検察官に対する供述調書

一  大蔵事務官作成の各調査報告書

判示第一の事実につき

一  堀次郎、伊藤修の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の証明書(昭和四六年分に関するもの)

一  押収してある総勘定元帳(伝票)一綴(昭和五一年押第五七号の二)、当座勘定帳一冊(同号の四)、銀行勘定帳一冊(同号の五)、当座勘定帳一冊(同号の六)、銀行勘定帳(当座勘定帳)一冊(同号の七)、銀行勘定帳(当座勘定帳)一冊(同号の八)、銀行勘定帳(当座勘定帳)一冊(同号の九)、売上ノート一〇冊一綴(同号の一四)、中表紙に「出金簿」と記載のあるもの一冊、出金簿三冊一綴(同号の一五)中表紙に「45・5・1」「出金簿」と各記載のある二冊、伝票式元帳一綴(同号の一六)、伝票式元帳一綴(同号の一七)、伝票式元帳(同号の一八)、卓上日記帳(一九七一年分)一綴(同号の三一)

一  岐阜相互銀行羽島支店池田勇、岐阜商工信用組合羽島支店岩佐八十三各作成の銀行証明書

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官作成の証明書(昭和四七年分に関するもの)

一  押収してある遊技場バランスシート一綴(昭和五一年押第五七号の一)、卓上日誌(一九七二年分)一綴(同号の三二)

(補足説明)

一  弁護人は昭和四六年分、四七年分の各所得金額を争う(昭和四六年分については売上金以外の金が混入している可能性があることを、昭和四七年分については証拠の証明力に疑いがあることをその根拠とする。)ので、まず所得金額を認定するのに直接関係する証拠について補足して説明したうえで弁護人の主張に対して若干判断を加える。

1  昭和四六年分の所得金額について

前掲各証拠によれば、被告人は本件パチンコ店四店舗(羽島モナコ、岐阜モナコ、穂積モナコ、ニュー一宮センター)の売上金を当座預金と仮名普通預金(これが売上除外金になる。)に預金して管理するほか、売上金から当日必要な費用を現金で支払っていた(これと当座預金に預金したものとの合算額が売上公表金になる。)のであるから、この間の売上金の総額は当該当座預金入金額と仮名普通預金入金額と売上金からの現金支払額とを合算することによって得られる。もっとも、仮名普通預金として管理していたのは同年一一月二六日までであるので、これ以後はこれに相当する金額の売上金を捕捉する方法がない(被告人は現金のままで保管していたのである)。ただ、ニュー一宮センターにおいては、毎日の売上金が記載してある卓上日記帳(昭和五一年押第五一号の三一)があるのでこれによることとなる。

各店の売上金を直接立証する証拠を右の当座預金関係、現金支出額関係、仮名普通預金関係にわけて期間との対応関係を示すと次のとおりである。

なお、証拠の番号は証拠物(昭和五一年押第五七号)の符号番号である。

〈省略〉

〔右の計算関係については、大蔵事務官作成の昭和四九年一月三一日付調査報告書参照。なお、右報告書のうち「昭和四六年分売上計上額集計表」に付してある羽島店の「売上計上額計算書」の46年1月1日の「当座預金入金額」欄の「193090」は「193470」の誤記であるのでこれを訂正し、「昭和四六年分売上除外額の普通預金口座入金額集計表」に付してある伊藤和夫名義の「入金調査表」の46.1.4の欄の入金のうち前年一二月三一日の売上除外分を上位の多額の「3000000」と「460000」とし、矢野良三名義の同欄の入金のうち前年一二月三一日の売上除外分を最も多額の「950000」とし(同欄に係る入金のうちどれが前年分のものか特定困難であるので被告人に有利なように右のとおりに認定するのが相当である。)て計算すると判示認定の所得金額となる。〕

2  昭和四七年分の所得金額について

同年一月一日から八月三一日までは、当時被告人の経営する本件パチンコ店四店舗を統括していた羽島事務所で経理面を担当していた平塚重金が毎日各店からその売上額等の報告を受け、これを一定の方式に従って該当頁に記載していた卓上日誌(昭和五一年押第五七号の三二)に、同時に月毎の総額を各月末の頁の裏に記載していたのでこれにより、同年九月一日から一二月三一日までは正式の経理関係書類としてバランスシート(同号の一)が作成されていたのでこれによることになる。

3  弁護人の主張に対する判断

(1) 弁護人は、右と同趣旨の検察官の主張に対して、昭和四六年分の売上除外金である仮名普通預金口座のうち一日に複数口入金のある部分は、日曜、祭日で金融機関が営業しないことに因って生じたと思われる部分を除いて、貸金の利息や元本の返済された金を入金していたことに因るものであり、しかも、複数口のどれが売上金か特定できないから、結局右該当日の金額全体が売上金から除外されるべきであり、単数口入金の部分についてもその可能性があるので仮名普通預金口座の全部が売上金から除かれるべきである旨主張する。

右主張の骨格は既に冒頭の公判準備手続において主張されていた(第六回準備手続調書に付されている弁護人作成の意見陳述書(二))のであるが、その内容において最終弁論で指摘されたものとは選択の基準において相違するうえ、その主張を裏付けるに足る証拠は最後まで一切提出されなかったのであるが、この点は一応留意するにとどめ、弁護人の主張に従って、その主張が正当なものであるか否か、可能なかぎり検証をすることにする。もっとも、仮名普通預金口座が売上除外金を管理するために設けられたものであるから、この他に売上除外金を直接捕捉し、仮名普通預金口座の入金額と対照すべき証拠はないが、ニュー一宮センターに関しては昭和四六年一一月末まで同店でマネージャーをしていた平塚重金が毎日売上金等を卓上日誌(昭和五一年押第五七号の三一)に記載していたので、これを利用して同店に関して弁護人の主張を検証し、他の店舗に関する仮名普通預金口座の状況を推論する他はない。

そこで、弁護人が複数口入金があることを指摘して売上除外金から除くべきである旨主張する仮名普通預金口座のうちニュー一宮センターに関する分である岐阜商工信用組合羽島支店河合二郎名義(昭和四六年一月四日から同年四月一九日まで)、同行井口正一名義(同日から同年七月九日まで)、岐阜相互銀行井口正一名義(同月一〇日から同年一〇月五日まで)の各預金額と、日毎に右卓上日誌に記載された売上金から売上公表金(前記当座預金預金額と現金支出額とを合算した金額)を控除して得た金額とを対比して、両者の間にすべて対応関係があり、その金額も一致するか否かを検討することとする。

その結果によれば、右各仮名普通預金口座の各預金額のうち一月四日の分に前年の売上金と思われる預金額一個と摘要欄の記載等から明白に利息と思われるもの数個(以上は当然売上<除外>金から除かれる。)とを除けば、すべて右各預金額と卓上日誌記載額から売上公表金を控除して得た額とは対応関係にあり、その金額も数個の預金額につき少額の誤差があるのを除きすべて一致しているのである(卓上日誌の記載もれが一日あるが、これに対応すると思われる預金額一個がある。)(以上については大蔵事務官作成の昭和四九年一月三一日付調査報告書「仮名預金入金額の検討について」参照)

以上のとおりであるから、弁護人の主張が各仮名普通預金口座に共通な単なる複数口入金という事実を根拠とする主張であることを考え合せて、右検討の結果から推論すれば他のパチンコ店に関する仮名普通預金口座の状況もニュー一宮センターに関する状況と同様であると言わざるを得ず、この点に関する弁護人の主張は採用できない(他の仮名普通預金口座に関して右調査報告書において一部売上除外金から除かれている部分は売上除外が万単位でなされていたこと等関係証拠により認定し得る事実と対比してすべて是認できる。)

なお、弁護人は右主張を補強するものとして、当座預金の入金額のうち売上金として計上されていないものが検察官の主張自体の中にあり、これも誤って貸金の返済金が入金された可能性が強いとみるべきであり、このことからも仮名普通預金に売上金以外の性質の金が多額に混入して来ていることをうかがい知ることができる旨主張する。しかし、前掲の関係帳簿をみれば、当座預金の入金額のうち売上金と認定すべきものは摘要欄に売上金の該当日付と「」が付されており、弁護人主張の売上金から除かれた入金額の摘要欄には明白にこれと異なった表示(「Y借入」「入金」「Iより」等)がなされているため売上金から除外したにすぎず、又仮名普通預金口座が当座預金口座と異なりもともと売上除外金を管理するために設けられたものであることを考えると両者を同一に論ずることができず、弁護人の主張は採用できない。

(2) 更に、弁護人は昭和四七年分に関して卓上日誌(昭和五一年押第五七号の三二)、バランスシート(同号の一)の証明力について争っている。

しかし、右卓上日誌は前記のとおり羽島事務所で経理面を担当していた平塚重金が記載したものである(一部同人以外の者が記載したところがあるが、その部分もその形式、体裁からみて同人の支配のもとに記載されたものであることは明白である。)ところ、確かにその月末集計額が何に基づいて記載されたか証拠上不明(同人に対する反対尋問の際、同人は弁護人の「卓上日誌の日別の数値を合算したもであるか。」との趣旨の問に「そうだと思う。」旨答えているが両者の記載されている数字の単位から明らかに誤まりである。)ではあるものの、平塚が前記の立場にあったことからその職務上知り得た情報に基づいて記載されたものであることは間違いなく、同人の作成したニュー一宮センターに関する卓上日誌が前記検証の結果正確に記載されていたことが判明したうえ、卓上日誌の月末集計額と関係各証拠(昭和五一年押第五七号の二、一六、一八、二〇)から認められる売上公表額と比較してみるとその一〇〇〇円以下の数値が相当部分一致していることが認められるので、売上げ除外が万単位でなされていること等を考えると卓上日誌の月別集計額が正確に記載されていることは明白である。

又、バランスシートは正規の経理関係書類として平塚重金が作成し、責任者である鳥山某が確認して被告人に提出したものであるから、その正確性に疑いをはさむ余地がない。

二  弁護人は種々の理由をあげて、実質課税の原則から、被告人の本件パチンコ店四店舗の営業と、昭和四六年八月二三日設立し被告人が代表取締役である水田産業株式会社の営業とを単一に評価すべきである旨主張する。

右の主張が両者の所得をいずれも法人のものと評価すべきであるというのか、個人のものと評価すべきであるというのか必ずしも明確ではないが、それはさておき、関係各証拠によれば、被告人は昭和四五年ころボーリング場経営を思い立ち、それを動機として昭和四六年八月水田産業株式会社を設立し自らその代表取締役となり、以後同会社はボーリング場、パチンコ店、喫茶店を各経営してきたものであるところ、被告人個人経営の本件パチンコ店四店舗の営業と右法人経営の営業とが二本立てになっていることにつき、右法人の設立に関与し、その後も税理、経理部門を担当していた清水税理士が被告人に対して当初より税法上の利点をも説明して右パチンコ店四店舗を右法人経営に組込むべき旨勧めていたが、被告人はこれに応ずることなく放置して本件に関して査察を受けるに至ったばかりか、この間従来から引き続いて京都朝鮮人商工会を経由して宇治税務署に本件パチンコ店四店舗に係る所得税の確定申告書を提出し、判示のとおり売上金を除外し、脱税していたのである(被告人は右申告書の提出に実質的には何ら関与していない旨供述するが、到底信用できない。)。そして、この間、被告人が水田産業株式会社につぎこんだ本件パチンコ店四店舗の営業による売上金は同会社において被告人からの借入金として処理されているのである。

以上のとおりであるから、弁護人の各理由を詳細に検討しても到底右主張を是認することができない。なお、弁護人は右主張を前提にし、仮に被告人と水田産業株式会社が別人格であったとしても、被告人の従前からのパチンコ店四店舗の営業から生まれた利益の大部分が右会社のボーリング場経営の赤字補填に費消されたものであり、実質的な所得税逋脱額は極めて少額(昭和四六年分七〇一万八五〇〇円、昭和四七年分五四一万三三〇〇円)であるから、被告人の行為は違法性の程度が極めて希薄であり、可罰的違法性に欠けると評価すべきである旨主張する。

しかし、右の脱税額が少額であることを前提とする主張は主張自体失当であり、到底採用し得ず、前掲各証拠によれば可罰的違法性は十分存在する。

(法令の適用)

罰条 いずれも所得税法二三八条

刑種の選択 懲役、罰金刑併科

併合罪の処理 懲役刑につき刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に法定加重)

罰金刑につき刑法四八条二項

労役場留置 刑法一八条

刑の執行猶予 懲役刑につき刑法二五条第一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 北島佐一郎)

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